+耀と亞夜子が一緒にお風呂に入る話
+シリアス要素有
+口調が迷子
+全裸注意←


Bath Time



「流すから目瞑ってろ」

「はーい」


心なしか機嫌の良さそうな亞夜子の返事を聞き、俺はシャワーを手に持ち蛇口を 捻った。

亞夜子の髪は姉さんに似たのか、細くしなやかで艶があり美しい。指通りもよく、サラサラとしている。
朧月館にいる女児の患者は髪の短い子が多いようだが、できれば俺は、亞夜子に はこのまま髪を伸ばし続けて欲しいと、密かに思っている。


「よし、いいぞ。先に入って温まってろ」

「ようちゃんも早くしてよね」

「はいはい」


亞夜子を湯船に浸かるよう促し、今度は俺が頭からお湯をかぶり、シャンプーを 手に取る。

日頃、なかなか構ってやることのできない俺は、時々こうして亞夜子と風呂に入 っている。
一般的にこの年代の子供が親と共に入浴するのかどうかは知らないが、亞夜子が 嫌がる様子を見たことはないので、特に問題はないだろう。
嫌だと言われれば、それはそれでショックを受けるのは間違いないのだが。

ちらと横目で亞夜子を見れば湯船に浮かべたアヒルをつっついて遊んでいた。
親父の話によれば、亞夜子は度を越した遊びが好きなようだが、このような様 子を見るとまだまだ子供なのだなと改めて実感する。

あまり亞夜子を待たせると機嫌が悪くなるのは経験済みなので、シャンプーは手 短に終わらせた。
再びシャワーを手に持ち蛇口を捻り、熱いお湯で泡を洗い流していると、ふいに 亞夜子が話しかけてきた。


「ねえ、ようちゃん」

「なんだ」

「・・・あのね」

「ああ」



「・・・・・・おかあさん、あたしのこと、分からないみたい、なの」



蛇口を捻り、お湯を止めて亞夜子を見た。


「・・・本当か」

「ちがうかもしれない。けど、おかあさんって呼んでも、笑ってあたしを見てる だけで、返事をしてくれなかったの」

「・・・・・・」

「おかあさん、あたしのこと、忘れちゃったの?」


そう話す亞夜子の目は、悲しみと不安で揺れているようだった。


「姉さんが亞夜子と同じ、月幽病という病気にかかっていることは知ってるよな 」

「うん。だんだんいろんなことが分からなくなる病気なんでしょ」

「そうだ。どんなに忘れたくないと思っていても、分からなくなってしまう。大 切な思い出も、大切な人も」


意思とは関係なく、罹ったものの記憶を奪ってしまう。
とても、残酷な病気だ。


「だから、あたしのことも分からなくなったの?」

「・・・・・・・・・姉さんは、亞夜子よりも、他の患者よりも、月幽病がずっとずっと重い んだ。だから・・・亞夜子のことも、俺のことも・・・・・・・姉さん自身のことですら、分からなくなってきてる」


まだ完全に記憶がなくなったようではないが、俺のことも時折分からなくなるこ とがあるようだった。
以前病室を訪ねたとき、何度声をかけても、微笑みながら俺を見つめるだけで、 返事がなかったことがあった。
その時の姉さんからは、まるで、空っぽの器のような、そんな印象を受け取った と記憶している。


「…おかあさんの病気、治らないの?」

「分からない、でも、今必死で治療法を探している。必ず見つけて、俺が治して みせる。姉さんも、亞夜子も」


そのためならなんだって、なんだってすると心に決めた。
そうして、3人で島から出て、一緒に暮らすとも。


「・・・・・・頼もしいのね」

「・・・まあな」


先程見せた目の色を隠し、いたずらっぽくこちらを見て亞夜子はそう言った。
完全に不安な気持ちを拭い去ることはできないだろうが、少しは安心させてや れただろうか。


「ふふ、やっぱりようちゃんが一番おもしろいわ」

「それは・・・誉め言葉ととっていいのか」

「ご自由にどうぞ。それより、早く入らないと風邪引いちゃうわよ」

なんだか腑に落ちない気もするが、体がかなり冷えていることに気が付き、シャ ワーを手に取り急いで残りの泡を洗い流した。


湯船に浸かると、体の芯から温まるようで、日中の疲れが少し、取れたような気 がした。


「ようちゃんがもたもたしてるから逆上せちゃいそう」

「・・・悪かったな。なんなら先に上がってても構わないぞ」

「・・・・・・」


そう言うと軽く頬を膨らませて顔を逸らされた。


「ようちゃんのばーか」

「はいはい」

「むう・・・」

「ほら、肩までちゃんと浸かれって」


不機嫌ながらもしっかりと言うことを聞く亞夜子に少し笑ってしまえば、更に機 嫌を損ねてしまったようだ。


「ようちゃんなんか嫌い」

「はいはい」

「・・・・・・ふんっ」


こんな他愛のないやりとりも、もしかすればもうできなくなる日が来るのかもしれない。
姉さんと同じように、亞夜子の病が悪化してしまうことだって、あり得ないわけ じゃない。
そうなる前に、一分一秒でも多くの思い出を作りたいと思う反面、そんな暇があ ったら早く治療法を探さなければと焦る気持ちがある。
どちらが正しいのかなど、俺には分からない。


「・・・そろそろ逆上せると悪い。上がるぞ」

「・・・・・・」

「・・・先に上がるからな」

「っちょっと、まちなさいよ」

「・・・・・・全く、誰に似たんだ」

「・・・なにか言った?」

「いや、なにも」


だが、今、この瞬間を大切にしたいと思う気持ちは、きっと間違いではない










END